<平野・川辺から大和川河口へ>
大和川の付け替えで境内の大半が川床になった。
9月の秋祭りの「足洗い神事」ではその頃を懐かしむように神輿が大和川に入る。
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○長吉瓜破土地区画整理地区

スーパー堤防の整備に合わせて公園と宅地ができる予定だ。
かつてはこの付近にかんがい用のため池「馬池」があった。
川中にゴロゴロしている巨石は「瀬と淵浄化方式」による浄化施設だ。
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○高野大橋
中高野街道筋にあった旧高野大橋は200m上流にあった。
その橋杭が残った写真が親柱に展示されている。
下流の左岸河川敷にあった不法耕作地が撤去されて広場になった。
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○下高野橋
春には右岸堤防上の小さな公園で花見ができそうだ。
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狭山池の改修に尽力した行基が住んだといわれ、境内には「行基菩薩安住之地」と石碑がある。
それに因んで少し下流に行基大橋がある。
かつてはこの付近に剣先船の船着場があったそうだ。
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○今池遺跡
今池下水処理場の北側の河川敷で、鎌倉時代の屋敷跡や「難波大道」の溝などが発掘された。
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右岸堤防から少し下った線路脇にある。
崇神天皇期に西除川から導水してかんがい用に築造された、と『日本書紀』に記録が残っている。
付け替えで大半が川床や土砂で埋め立てられた。
戦後まで残ったのも府立阪南高校の敷地になった。
隣接する大依羅(おおよさみ)神社の境内には地名の由来になった「庭井の址」の碑がある。
また水神の龍大神を祀った小さな祠があり、かつては雨乞いの井戸があったそうだ。
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○遠里小野橋
住吉区と堺市に「遠里小野」の町がある。
付け替えで町が分断されたことが窺える。
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大阪で唯一残った路面電車だ。
経営難で堺市内の廃止が検討されているそうだ。
のんびりした旅情があって、残したい「大和川の風景」の一つだ。
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○大和橋
長さ192m、幅9.5mの斜張橋だ。
付け替えと同時に大坂と堺を結ぶ紀州街道に架けられた公儀橋で、
それ以来、夏の住吉祭の舞台の一つになっている。
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○阪神高速堺線高架橋
江戸中期の海岸線はこの付近だったそうだ。
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高架下のせせらぎは大和川から導水し、住吉川に注いでいる。
付け替えに伴って舟運用に掘られた「十三間掘川」を再現したものだ。
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○阪堺大橋
橋から下流の汽水域で時折、ボラの群れを見かける。
春にはシラスウナギ漁が見られる。
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○丸高渡船(住之江区南港南1)
大和川で唯一の舟運だ。
沖合や堺の埋め立て地の釣り場に渡してくれる。
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○かもめ大橋
橋の手前の岸壁から対岸の大阪ガス跡地までが大和川の管理区間だ。
つまりこの先から「海」になる。
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○大阪南港魚つり園

柵があり安心して釣りができる。
大阪湾の魚類からダイオキシンや環境ホルモンなどが検出されているが、健康被害を及ぼすほどではないとされている。
大和川の水質がよくなれば、釣れた魚も安心して食べられる。
(ポイント)
堤防上に車道が一部あるものの、ゆったりした流れを見ながら河口まで歩ける。
遠くなっていく海岸線の変遷や川と海のつながりを考えながら歩いては。