新大和川 柏原から

中甚兵衛像

1998.7 柏原市役所前

堤防上の築留治水記念公園に付け替え工事に貢献した中甚兵衛像が立っている。

今も新大和川を見守っているようだ。

 

アユ放流

2004.4.11 柏原市役所前

「アユが棲める清流を取り戻そう」を合言葉に、個人のボランティアでアユの稚魚が放流された。

 

釣り

1997.4.26 柏原堰下流

柏原堰の周辺は魚影が濃く、休日ともなると釣竿が並ぶ。

大型のコイが釣れると、周囲の注目が集まる。

 

水ガキ

1998.11.8 柏原堰下流

水ガキ(水遊びする子供)も少なくなった。

水質がもっと良くなれば、親も安心して遊ばせることができる。

 

浄化施設

2001.11.1 新大井橋下流

汚濁の著しい大和川流域の本支川で様々な浄化施設が整備されている。

この施設は巨岩を並べて流れに変化をもたせ、水中に空気を取り込んで微生物を活性化させることで浄化能力を高めている。

 

菜の花畑

1997.4.26 新大井橋下流右岸

春になると河川敷には菜の花(セイヨウカラシナ)の黄色の花が咲き乱れる。

童謡が聞こえてきそうだ。

 

川辺八幡神社

1998.9.14 平野区川辺

付け替えで境内の一部が川床となり、御神体が遷座された。

秋祭りにはその頃の名残に神輿が川へと入る「足洗い神事」が行われる。

その背後では花火が打ち上げられ、「ナイアガラの滝」が川面を赤く染めた。

 

依網池址

2004.8.14 住吉区庭井

貨物線路脇に「依網池址」の碑が立っている。

広大だった池は付け替えで大半が川床になり、余った土砂で埋め立てられた。

大依羅神社境内の一角の「雨乞いの井戸」跡に龍神を祀った小さな祠がある。

その背後の府立阪南高校のグランドは昭和30年代まで最後に残った依網池の跡地だ。

 

浅香谷

2004.4.18 住吉区浅香

地盤の固い上町台地の付け根にあたる浅香谷での付け替え工事は難航した。

ここで台地を斜めに横断するように流れは右へ急カーブする。

 

神輿受渡し式神事

2004.8.1 大和橋

毎年8月1日、船形の山車(台車)に乗せられた神輿が住吉大社から堺の頓宮へ巡行する。

大和橋上でその神輿を住吉から堺の曳き手へ受渡す「神輿受渡し式神事」が行われる。

大和橋は付け替え後に架けられた唯一の橋で、紀州街道に架けられた。

 

高灯篭

2004.6.4 住之江区浜口西

国道26号線沿いに高さ21mの高灯篭がある。

かつてこの辺りは「清江(すみのえ)」といわれた白砂青松の海岸で、船舶の目印となる日本最古で最大の灯台だった。その海岸もはるか遠くなり、撤去されていたのを1974年に移設復元された。

ビルの谷間で夜は街明かりに照らし出されている。

 

十三間掘川

2004.8.14 住之江区西住之江

十三間掘川は付け替えに伴って旧大和川を航路としていた剣先船の舟運のために造られた。

しかしその舟運も付け替えで次第に衰退していった。

昭和39年、阪神高速堺線高架下に大和川から導水されたせせらぎとして復活した。

 

ユリカモメ

1996.1.21 阪堺大橋下流右岸

毎冬、河口付近にユリカモメが越冬に渡ってくる。

河川敷からエサをまくと、それを目掛けて「キー」と鳴き声を上げて来襲する。

少し怖い。

 

ボラの群れ

1996.1.21 阪堺大橋下流右岸

汽水域の河口でボラの群れがしばしば見られる。

 

シラスウナギ

2004.4.9 阪神高速湾岸線高架橋下右岸

春になると河口でシラスウナギ漁が始まる。

日暮れとともに川面に明かりが灯り、漁師は川面を見つめる。

 

河口

2004.4.9 阪神高速湾岸線高架橋下流右岸

干潮になると河口に「大和川干潟」が現れる。

へドロ臭さが少し鼻に付く。

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